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2013年12月

2013年12月31日 (火曜日)

珍しくノスリが居た

この前と同じ電信棒にノスリが止まっていた。遠くなのでうまく撮れなかった。

3枚とも同じノスリ。


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バックは高原山。

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今日の那須岳。

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2013年12月27日 (金曜日)

年の瀬を迎え道の駅のはしご。

塩原温泉入り口の道の駅「アグリパル塩原」
ここのおババさんの狙いは湘南の婿さんに送る「キムチ」。その他名産物は「高原大根」

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次は大田原市の何時もの「与一の郷」。ここの買い物は「生椎茸」。

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最後は馬頭町(今は那珂川町)の道の駅「馬頭」(ばとう)。有名な馬頭観音があります。
ここの名産は「干し柿」これはうまい。私が買ってやります。

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昼食は「与一の郷」の食堂でうまいうどんと私は蕎麦。
1周約80キロのドライブを楽しみました。


2013年12月26日 (木曜日)

今日もやって来た鳥たち

年賀状も済み、大掃除も済んでホットひととき。
鳥たちはまだ山にいるのだろうか。余り現れてくれないが今日は隣りのサザンカの花に蜜を吸いに来た。

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2013年12月24日 (火曜日)

我が家も自然放射線量の範囲内で安心。

年が開けて3月となると「東日本大震災」から丸3年を迎えますが、那須塩原市(東電福島第一原発より我が家までおおよそ直線で100キロ)の小中高の学校や公民館など市民の使用する主な建物土地などの除染作業はほぼ終了し、ただいま市民の住宅などの除染作業が進んでいます。春に申し込んだ除染作業は12月13日実施の事前調査の放射線量測定結果が基準値以下であることから、我が家の除染作業は行わなくても良いこととなり少しは安心はしています。我が家の庭の測定結果は下記写真の通りです。

我が庭周りは平均0.18μSv/h(マイクロシーベルト)で年間では1.6mSv(ミリシーベルト)と
なる。日本平均の一人当たりの自然放射線量は1年間約2.1ミリシーベルトと云われています
ので、我が家も自然放射線量の範囲内と云えます。市内で販売されている食品はすべて検
査済みのものであり、この2年間我々も子供たちも安心して食べているわけです。

最近の当地の放射線量について参考までにご報告しました。

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2013年12月16日 (月曜日)

蛇尾川(さびがわ)の伏流水の噴出口を発見

長年この伏流水の岸辺の噴出口を探して歩いていた。計らずも今月11日の蛇尾川

(さびがわ)廻りの散歩の時に伏流水の「噴出口」を見つけた。この地に来て10年目

で始めて目にすることが出来た。私としては大発見でした。

これがその写真。

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動画も作りました。





那須野が原のこの蛇尾川(さびがわ)は源流から当地西那須野まで15、6キロ地下200〜500mくらいまで砂礫、砂利の層となっており、この間は伏流水となっているのでこの蛇尾川(さびがわ)は水無川と言われる所以である。詳しくはWikipediaを参考とされたい。
その伏流水が15キロ下って西那須野の辺で顔を出し、すぐ南の大田原城址公園からは滔々と流れる1級河川らしい様相を呈するのである。大田原城址公園の当たりでは鮭の遡上も毎年見られる。

なお川以外の伏流水が現れれば、何何湧水、何何清水という名称になる。乃木神社内の湧き水は「乃木清水」と云われ親しまれている。

2008年10月16日の大田原市の伏流水の噴出口の写真。(当時の大田原市のホームページより)

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2013年12月14日 (土曜日)

日記3

12月4日(水)
我が家の内孫はただ今高校と中学と小学校に通っています。3人とも男の子です。お母さんは大変です。
外孫は大学生2人ですが、あわせて全部男の子です。元気で育っているので幸せです。
久しぶりに小孫の賞状です。

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12月5日(木)
霜柱が立って寒いのに「カマキリ」がまだ頑張っていました。


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12月7日(土)
地震以後めっきり減った鳥たちの訪れ。
久しぶりに顔を見せてくれましたエナガとシジュウガラ。

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12月8日(日)この日は「大東亜戦争勃発の日」(太平洋戦争)
昭和16年のこの日私は名古屋の国民小学校(この年から)の1年生で小学校の周りを先生や町の人たちと提灯行列した覚えがあります。しかし。
小学3年生のときはすでに防空壕の周りに爆弾や焼夷弾が落ち始め、大きな音がして防空壕が揺れました。名古屋の中心部は焼夷弾により真っ赤に燃えて空が赤くなっているのが見えました。
この頃一番上の兄は召集で兵隊となり、中支(中華民国の中央の辺)に派遣され、機関銃の弾運び(機関銃が行く所どこでもついて行かなければならない)だったそうです。この兄の背中には敵の弾丸が平たく止まっており出血して止まっていたということです。つまり貫通していなかったということです。今でも目に焼き付いて離れないことは兄の出征の時、乗って行く兄の電車を追いかけて泣き叫ぶ母の姿です。男兄弟5人の私は4番目で戦争には取られずに済みました。両親が滋賀県出身の人でしたので彦根と戦況悪化、ますますひどくなる空襲のため醒ケ井のさらに山奥に逃げました。
そして開戦より4年後の昭和20年8月15日の終戦の日は小学校5年生で縁故疎開地の滋賀県堂谷村にいました。米軍があの村の入り口から銃を持ってなだれ込んでくるのではないかと恐れたものです。
今読んでいる渡辺淳一さんの本『瓦礫の中の幸福論』によれば戦後生まれの戦争を知らない人は60才後半の若い人だそうです。日本人のほとんどがもう戦争を知らない人たちだそうです。
日本人200万人以上の人が亡くなった太平洋戦争と米軍占領時代の食べるもののない戦後の10年はやはり忘れてはいけないことだと思います。私は幸い縁故疎開出来ましたが集団疎開の悲惨さも忘れてはならないことです。 12月8日で思い出したこと・・・。

望遠による那須岳の噴煙。

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2013年12月10日 (火曜日)

日記

12月1日(日)
「こうと」は地元野菜などの直売所です。改装などで値上げして来る道の駅と違って
小さいが繁盛しています。10年来のお付き合いです。
「こうと」とは「河戸」と云う町名ですね。始めは何かと思いました。


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こうとの帰り道の「琵琶池」。ゴルフ場(琵琶池カントリー)の一番奥にある灌漑用水です。
白鳥はまだ来ていませんでした。

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12月2日(月)
夕焼け


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12月7日
こちら道の駅「与一の郷」。おババさん何故か「べったら漬け」を作るそうです。
大根とその他豆を購入。


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12月7日(土)
庭の整理が終わった今、体がなまるので何時も何か仕事はないかと探している。
丁度夏場に剪定した樹木が庭の隅に転がっていたので整理の為に電動ノコギリで
小さく切って干しておけばストープの薪の足しになる。
奥の木材の切れ端は息子が何処かで頂いて来る。薪は買ったことがない。


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12月7日(土)
霜柱が立っても花たちは元気。


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2013年12月 9日 (月曜日)

日記

11月24日(日)快晴。
国際医療福祉大学の一般公開講座に出席しました。
演題は写真家大西暢夫さんの「カメラマンという仕事」でした。
「衣食住」のテーマを柱とした世の中を視る鋭い視線が感じられました。


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11月26日(火)快晴なるも一日中風有り。
おババさんと妹kさんの年賀はがきの題材の油絵。

雪の那須岳

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袋田の滝

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11月28日(木)快晴。
北回りの散歩道を開拓。


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11月29日(金)晴れ。
霜が降りた朝。


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2013年12月 4日 (水曜日)

北の国から白鳥がやって来た

那須野が原の羽田沼です。
11月27日の寒い朝。2つのグループの白鳥たちは北の空から元気でやって来た。
白鳥たちは到着後無事を確認しあっている。
合わせて30数羽いた。昨年より少し早いのではないかと思う。

私としては「モミジ」と「白鳥」の2大イベントがあり、「白鳥」が少し遅れました。
悪しからず。

2013年12月 1日 (日曜日)

大山参道のモミジ並木

毎年11月29日を撮影の日と決めていましたが、この11月中旬には二回も木枯らしが吹き荒れ、心配でしたので11月27日にいって撮って来ました。すでに落葉は1回吹き荒れて落ちており、二回目の落葉が少々積もっていました。まずまず撮影出来たかなと思っています。
2009年の大山モミジが旅行観光雑誌に載ってからは賑わうようになりました。
同じような構図ですが見て下さい。

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